2011年6月21日 (火)

そんなんランドセルに聞いてみぃ

もっぱら恥ずかしいわぁ、当時の「ランドセル」の思ひ出いうたかて、卒なく喋りぃというほうがホンマにおかしいわ。
わちきの女学生のころと言えば、そぅ、いちおうは英米文学学科なんてエラクかっこえぇところに在籍はしていたもんの、周りのミンナと同じようにようけ、勉学なんてもんにいそしむことなど皆無に等しく、モッパラ男子学生の話題をしこたまにしておったんが真実なんよ。
そのころまでランドセルを背負ってたのかって?あぁ、いまと違ってな、背嚢といった感じぃでランドセル言うても小学生が背負う丈夫で革製品のもんと異なってな、そう、布よりはジョウブなナイロンっぽい生地を縫製して箱型なかたちにして肩から掛けてたもん、そんなんをランドセルと呼んではいたのんが、モシカスルト勝手にそう呼んでいただけであって、あれは後から考えてみるにとってもランドセルと言えるシロモノではなかったかもしれん。
兎に角、恥ずかしいんはそんなんペッタンコォのランドセルを肩から背負い、帰宅途上の道すがらにこころ密かにお慕い申していたカノ人とすれ違って、眼なんか合った日なんぞは、もう心の臓が破裂するんじゃなかろうかと思ふくらいにドキドキしてたんは今でも蘇る感情やないか。fall in loveなんてまだまだ生娘のクセしてそういう単語だけは何かの文学から拾ってきては、妄想なる夜を過ごした切ない日々の真っ只中。羞恥にときめくあぁしたヒビはもうなんぞ来ないのかもと思ふとこれも寂しい気もするんやけど、そやかてナニがどう変わるわけでもなし、ただその昔のランドセルを押入れの奥から引っ張り出しては眺めては、独り高まりを覚えてるわちきは愚かな女でありんす。
なんとも告白めいたdiaryになってはいませんか。そんないうてもわちきのスナオな気持ちやさかい、堪忍してなぁ。

2011年6月15日 (水)

ランドセルはいずこに?

わちきのランドセルはいずこ?
恐れ多くもカノ御方はわちきのランドセルを抱いてお隠れになりやんした。
あぁ、殺生な、このムネの高まりをご存知なクセに。
ランドセルを肩に、通い慣れた家路をゆく道すがら、貴方な駆け馬のようにわちきの前に現れたものよ。
飛び抜けたその柵を、トントンと指で叩いては、わちきの視線をそっちに集中させたかと思ふと、途端に翻るようにわちきの横を摺り抜け背に回ったかに見えたその刹那、わちきの肩越しからスルリとランドセルが滑り落ちて、ふわぁっとセナカが軽くなったんのをいまでも憶えておりんす。
屹度、君はアタイのことが好きだったに違いない、そんな風に思い直してみたのんはすでに拾年も過ぎてからのことでありんす。ランドセルのその後は、果たして百米ほど先に歩いた先にテイネイに道端に置かれていたものの、未だ幼かったアタイですから、そのランドセルを見て腹が立って仕方なかったのはそのとおりでありんす。
追憶からゲンジツへと引き戻されて我に還ると、おやま、貴方は庭の片隅でナニやら蹲っていて、「なにを?」と尋ねるアタイを見るともなしに、「こおろぎだ」とだけ応える。極めつけの日常にふっと胸を撫で下ろしてあと、お茶を入れに行く途中に見た昔の写真が目に入って、当時から少しだけ経った或る日の写真、わちきはランドセルを背負ってうっすらと笑みをこぼして…、宙を見るその眼は彼を追いかけていた。

2011年6月12日 (日)

ランドセルに思ふこと

あちきはランドセルに深い造詣がありんす。
そんなこってすから、此処にランドセルの思ひ出なんぞ認めさせていただきやんす。
ランドセルは甘美な追憶をいざなって、アマリありんす。
ほな。